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システム思考

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文部科学教育通信 No.275 2011-9ー12に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(6)をご紹介します。

 

システム・リテラシー
複雑な社会に生きる子供たちの問題解決力を向上するために、欧米では、システム思考の教育が始まっています。

 システム思考教育の専門家リンダ・ブース・スィーニー氏は、世界が今求めているのは、21世紀を生きるために必要となる「システム・リテラシー(複雑なシステムを理解する知識・能力)であると言います。食料問題、経済危機、貿易・財政問題、エネルギー問題、温暖化の危機などに共通して言えることは、問題を作っているのは個々の要素ではなく、さまざまな要素の相互依存的な関係であるということです。このような問題には、問題の原因となる要素を特定して解決するアプローチでは、問題はなくなりません。問題の起きている状況をシステムとしてとらえ、システムそのものの構造変革を行う必要があります。

 昨年、ボストンで開催されたシステム・リテラシー教育(対象は幼稚園児から高校生)の研究会に参加しました。主催は、NPOウォーターズ・ファンデーションです。3日間に亘り開催された研究会には、システムダイナミックスの生みの親であるジェイ・フォレスター教授や「学習する組織」の提唱者であるピーター・センゲ氏も、アドバイザーとして同席くださいました。

 研究会では、教師による実践報告が行われました。幼稚園では、生態系など自然の中にあるシステムを学びます。「雪だるまが斜面を転がり落ちて大きくなっていくように、何かが蓄積しているのか?」(拡張ループ)、「ヨーヨーのように、上下に動いて、バランスしているのか?」(バランスループ)、「どのように、ある生物の排出物が、ほかのプロセスの食糧となっているのか?」など、子供たちは、システム・リテラシーを身につけると、ものごとの相互の関わりに関心を持つようになります。また、物事には、「パターン」があることに気付き、「今、起こっていることと似たような状況は何だろうか?」と考えるようになります。実際に、幼稚園児や小学生にシステム思考を教えている先生方のお話を伺うと、子どもはシステム思考がとても得意だと言います。赤ちゃんは、言葉がしゃべれなくても、親の関心を引くことができるのは、システム思考を活用しているからだと説明を受け、なるほどと思いました。

 

シミュレーション学習

中高生になると、コンピューターシミュレーションを使い、経済問題や環境問題などの構造をシステムと捉え、分析を行う授業も行われています。研究会で紹介された2つの事例をご紹介します。

アリゾナ州ツーソンにある公立中学校では、10年以上も前からシステム思考を取り入れた授業を行っています。システム思考のツールを駆使して、システムの複雑さを紐解き、他のシステムとの関わりを調べるというプロジェクトです。プロジェクトでは、「自分の運命をコントロールする方法」「原子力発電所の設置場所を考える」「国定公園のデザインを考える」「飢饉を克服する方法を探る」「景気後退の原因を探る」「金銭を管理する」などの現実社会と密接に関連したテーマが取り上げられます。「金銭管理システム」のシミュレーション学習では、生徒たちは限られた予算の中で、請求書の支払いを済ませ、残ったお金の中から、部屋の家具を買い揃える、という実生活に基づくシミュレーションゲームを行います。口座が赤字にならないように気をつけながら、クレジットカードを用いて買い物をして、月々の請求金額を支払うというゲームを行いながら、生徒たちは生活で使われる小数点の計算や掛け算を実際に学んでいきます。「国立公園のデザインを考える」などのテーマは、コミュニティの人々との恊働プロジェクトです。コミュニティ活動への参画および、実践的なプロジェクトへの参画は、生徒にとって貴重な体験学習となります。ツーソンでは、卒業生を対象に、システム思考を活用した学習が、どのように彼らの人生に役立っているかを調査しました。その結果、学生達が感じた興奮、培った自信、他者の視点を理解する共感性、そして答えのわからない問題へ対処するための行動習慣は、成長して若者になった彼らの中に生き続けていることが明らかになりました。ツーソンの取り組みは、教育界において、システム・リテラシー教育のモデル事例として高い評価を得ており、世界中の学校関係者が年間を通じて見学に訪れています。

 

サステナブル・スクール・プロジェクト

バーモント州バーリントンの小学校では、システム思考を活用した「サステナブル・スクール・プロジェクト」が展開されています。「サステナビリティ(持続可能性)」をテーマに学校改革とコミュニティとの協働活動を行うプロジェクトです。コミュニティのサステナブルな未来に向けて、学校とコミュニティが連携して活動を行います。カリキュラムを通して、生徒がコミュニティの中での役割を認識し、将来的には、地球規模で影響を及ぼす一人ひとりの判断と行動の重要性を学びます。環境サミットの地球温暖化シミュレーションにも活用されているシステム思考は、持続可能性を考える上で、不可欠な思考です。工業化社会を中心とした経済活動の発展というシステムは、環境を破壊するシステムを作り上げました。経済活動が環境に与える作用を無視した環境保護の取り組みは功を奏しません。現在の豊かさと、子孫のために地球環境を守ることを同時に実現するためには、システム全体を俯瞰した判断が求められます。サステナブル・スクール・プロジェクトは、21世紀を生きる子どもにたちに必要なシステム・リテラシー教育と環境教育をともに学べる最適な実践学習の機会となっています。

 

ビジネスや学校改革にも活用

システム思考は、子どもの教育のみならず、学校改革にも活用されています。オランダでシステム・リテラシー教育を学校に導入したユッテン校長先生は、教師がそのスタイルを50年間変えていないことを問題視しています。学校は環境の変化に適応し、社会の中で重要な役割を果たす存在を目指すべきであるという強い信念を持ち、学校改革に取り組まれています。学校は、子供たちがテストだけではなく、人生でも成功を収めるために不可欠な存在であるべきだと彼は主張します。そのために、教室と学校システムの全体像を理解し、望む方向に変化を促すために、システム思考が有効であると言います。ユッテン氏は、チーム学習を通じて、教師がシステムの全体像を理解することにより、改革が可能になると言います。ユッテン氏は、ピーター・センゲ氏の著書「学習する学校」にも紹介されており、現在、オランダにおけるシステム思考の第一人者として、教育における新しい取組みを実践されています。

                オランダの小学校版「システム思考者の習慣」

オランダのシステム思考者の習慣.png

                  オランダでは4歳で始まるシステム・リテラシー教育

 

日本では、ビジネス界を中心に、システム・リテラシー教育が始まっています。ビジネス界も、欧米に比べると20年位遅れての導入です。教育界にも、ぜひ、システム・リテラシー教育を導入していただきたいです。

ティーチフォーアメリカ

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文部科学教育通信 No.274 2011-8ー22に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(5)をご紹介します。

 

今回は、アメリカの教育改革に取り組むティーチフォーアメリカの紹介をします。ティーチフォーアメリカは、教育格差の進む貧困地域の学校に、優秀な学部卒業生や若年層の社会人を、2年間、常勤講師として赴任させる事業を行っているNPO団体です。1990年に設立されたティーチフォーアメリカは、現在、9000名の教師を派遣するNPO団体に成長しています。団体のビジョンは、「いつか、すべての子供達に優れた教育を享受する機会が与えられること」です。 

ティーチフォーアメリカの始まりは、当時、プリンストン大学に在籍していた創立者ウェンディ・コップ氏の教育格差に関する卒業論文です。恵まれた環境で教育を受けてきたウェンディは、貧困地域における教育格差の現状を知り衝撃を受けます。教育格差により、将来の可能性を失っていく子どもたちをアメリカからなくしたいという強い思いで、卒業論文を片手に、投資会社をはじめとする大企業の門をたたきます。ウェンディの熱意とビジョンに共感した経営者たちの支援を受け、彼女は卒業と同時に、ティーチフォーアメリカを立ち上げました。そして、これまでに、300万人を超える生徒の人生に影響を与えてきました。

 

優秀な人材が集まる

ティーチフォーアメリカは、グーグルやアップルを凌ぎ、米国文科系学生就職ランキングナンバーワンの団体です。ティーチフォーアメリカが就職ランキングナンバーワンである理由は、2年間の教師経験による成長機会にあります。生徒や同僚、親やコミュニティに対するリーダーシップの発揮や、数々の困難な問題を解決した経験は、人生において換えがたい貴重な経験となります。2年間の派遣を終えた段階で、66%の教師たちが、引き続き教育に関わる決意をします。派遣前には、教育の世界で働くことに関心を持つ教師は、6%足らずですから、いかに、2年間の教師経験が人生にインパクトを与える、充実した体験であるかが伺えます。34%の教師は、2年間の教師経験をしたのち企業などに就職します。彼らは、教育以外の道を選択しますが、教育課題に対する認識を持ち、団体の外から、ティーチフォーアメリカの活動を支援しています。 

ティーチフォーアメリカの応募者は大変優秀です。ハーバード大学の18%の学生、アイビーリーグ全体でも12%の学生が応募しています。毎年行われる4500名の採用には、十倍を超える46,000名以上の学生や社会人が応募します。優秀な応募者たちの中から選ばれるのは、困難を乗り越え問題を解決する力と他者に影響力を与えるリーダーシップを持つ人たちです。彼らが派遣される学校は、環境も悪く、生徒には学ぶ意欲はなく、親の多くは十分な教育を受けていません。このような中で、生徒たちに、学ぶことの大切さを教え、学ぶ習慣を身につけさせることは容易なことではありません。問題解決力や強いリーダーシップを持つ教師のみが、2年間の使命を果たすことができるのです。このような環境下においても、ティーチフォーアメリカの教師は、他の教師と比べて1.2~1.3倍、子どもの成績を伸ばしています。 

採用された4500名の教師には五週間に渡る研修が用意されています。研修のハイライトは、サマースクールでの教師体験です。サマースクールでは、授業中に、教師にフィードバックをするコーチの姿が見られます。イヤフォンを付けた教師の耳元には、「右2列目の後ろから3番目の席の子どもが寝ている」、「黒板に向いて話さない」など、コーチからリアルタイムにフィードバックが届きます。教師は、フィードバックにより、自己の言動が生徒に与えている効果を認識し、行動変容を行うことが可能になります。この他にも、ビデオ収録による授業分析などを通じて、学校現場で、スタート時から効果的な授業を行える力を身につけます。さらに、学校に赴任した後も、定期的にコーチが学校現場に出向き、授業見学およびフィードバックを行います。このような指導を通じて、現状に決して満足しないティーチフォーアメリカの教師へと成長していきます。

 

ベストプラクティスを集約

現場での教師の取り組みは、ベストプラクティスとして集約され、誰もが使用できるナレッジとして共有されています。ベストプラクティスの一つとして「教師のリーダーシップ」を紹介します。「教師のリーダーシップ」は、過去に目覚ましい功績を残した教師たちの共通点を分析した結果明らかになった成功の法則であり、教師の行動指針となるもので、ティーチフォーアメリカの教師像を端的に表しています。多くの教師を派遣する中で、成功する教師に共通の特徴があることが明らかになりました。この特徴が、「教師のリーダーシップ」の六つの特徴として整理され、判断基準表も用意されています。常に、子どもの視点で自己の言動を振り返り、すべての取り組みは、子どもの「できる」という自信と、「挑戦したい」という思いを高めることを目的とします。教師は、子どもが、勉強に取り組むために、あらゆる課題を取り除き、教室に、お互いを高め合う文化を醸成していきます。教師には、どのような困難も解決できる問題として捉え、創造的に問題を解決することが求められます。
 

【参照】「教師のリーダーシップ」の6つの実践項目 

  • 子供たちの学力向上に対して大きなビジョンを掲げる
  • そのビジョンの達成に向けて、子供と保護者を本気で取り組ませる
  • 目標達成のために立てた計画を、最後まで徹底的かつ効果的に実行する
  • 困難に直面しても自らできることを考え、ビジョンを達成するために弛まぬ努力をする
  • 常に内省し、リーダーシップや効果を上げる力を改善し続ける
  • 学力向上の目標を達成するために戦略的かつ緻密な計画を立てる
  •  

 2011年に20周年を迎えたティーチフォーアメリカは、アメリカで、最も解決が困難であると考えられていた教育問題の解決に寄与した団体と、オバマ大統領からも賞賛されました。ティーチフォーアメリカは、今後、1年間に採用する教師の数を4,500名から2倍の9,000名にする計画を持っています。

 

モデルとして世界中に広がる

ティーチフォーアメリカの教師養成および派遣モデルは、アメリカ以外の国においても、その有効性が認められ、現在では、世界標準モデルに発展しています。グローバル展開は、ティーチフォーオールが中心となり、現在では、イギリス、ドイツ、ブラジル、インド、中国をはじめ、約20カ国に広がっています。教育における優先課題は、各国で異なりますが、子どもたちの可能性を広げるために教育の果たす役割は共通です。1人でも多くの子どもたちに、より良い教育の機会を与えることを目指し、ティーチフォーアメリカのモデルを活用した教育改革が、世界に広がっています。

現在、日本においても、NPOラーニングフォーオールが、1人ひとりの子どもたちの可能性を信じる社会の実現を目指し、ティーチフォーアメリカ・モデルの日本における展開を準備しています。昨年7月にスタートしたこのNPO団体にも、アメリカ同様、優秀な若者が集い、現在、寺子屋を中心とした教育支援活動を行っています。3.11の大地震以降は、被災した子供たちの寺子屋も始めています。教育改革は、1人の力では実現しません。日本においても、教育に関心を持つ優秀な若者が増えることを心から願っています。

シチズンシップ教育

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文部教育科学通信No. 273 2011-8-8に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(4)をご紹介します。

 

シリーズ第4回は、オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」のご紹介です。 

ピースフルスクールは、1999年にオランダのエデュニクス社により開発され、現在、約350校に導入されているシチズンシップ教育です。ピースフルスクールという名前のとおり、学校をひとつのコミュニティと捉え、先生と子供たちが一緒に考え、行動する民主的な共同体を実現することを狙いとしています。

ピースフルスクールに通う子供たちは、主体性と社会性を身につけます。 

 

他者理解と課題解決

今年4月、オランダ、ユトレヒト市にあるピースフルスクールを訪問した際に体験した事例をご紹介しましょう。

小学校3年生のクラスでは、先生を囲み、家族についての授業が行われていました。授業の始めに、先生は、単元の目的と流れを子供たちと共有します。授業のスタートはアイスブレイクから始めます。この日のテーマは、感情表現です。先生の「悲しい人はいますか?」との問いに、何人かの子供が手を上げました。「お兄ちゃんが、怪我をして入院をしているので悲しいです。」「おじいちゃんが明日、モロッコに帰るので悲しいです。」各自、その理由を語ります。このようにして、子供たちが、自分の感情を他者に伝えることや、他者の気持ちを理解することを学びます。その後、少しだけ先生による講義があり、すぐにグループワークが始まりました。グループワークのテーマは、自分の家族について、相互にヒアリングをする内容でした。「あなたのおうちでは、誰がお料理を作りますか?」など、家族に対する質問をし、記入用紙を埋めていきます。グループワークが終わると生徒は席に戻り、先生との対話が始まります。 

これから発表があるのだろうと予測していた私は、次の展開に驚きました。先生は、「今、ピースフルでない人は?」という質問を生徒に問いかけました。一人の子供が手を上げました。「なぜですか?」と先生が聞くと、「グループワークにうまく参加できなかった。」と答えます。「あなたは自分の気持ちを述べ、グループのお友達は、そのことに対処したのですか?」と先生は聞きます。「いいえ」と答えると、「授業が終わったらちゃんと話し合いをしてくださいね。」と先生が言います。先生は、仲良くグループワークができなかったことを注意するのではなく、問題に対処していないことを注意します。子供たちは、自分たちで課題解決をするという考え方が徹底されていました。 

低学年のクラスでは、文字では理解できない子供もいるため、掲示板に行動規範が写真で掲示されていました。「一緒に遊び分かち合う」「勉強は静かに行う」「悲しい人を見つけたら励ます」「かたづけは一緒にする」「お互いに親切にする」「順番を守る」「約束を全員が共有する」などです。クラスのポジティブな発言をハートのカードに記入した掲示からは、褒めることを奨励していることが見てとれました。

 

 仲裁役から学ぶこと

ピースフルスクールでは、喧嘩の仲裁役を子供たち自身が担っています。仲裁役は上級生の12名が担当します。毎日、男子1人と女子1人の2名が仲裁役を務めます。仲裁役に選ばれるためには、「なぜ私は仲裁役を務めたいのか?」というレポートを書く必要があります。審査により選ばれた仲裁役には、特別なトレーニングが用意されています。 

1階のロビーには今日の仲裁役の写真が掲示され、仲裁役は、休み時間に仲裁役の帽子をかぶり、校庭に立ちます。そして、喧嘩をしている子供たちを見つけたら、仲裁を行うという仕組みです。仲裁役は当事者を座らせると、まず、仲裁の流れとルールを説明します。当事者同士が、とても感情的になっている時には話を始めず待ちます。感情が落ち着いたら、一人ずつに何が起きたのかという事実関係を話してもらいます。話し終えたら、その内容を要約し、自分たちが正しく理解しているかを当事者に確認します。そして、次に、当事者が相手の意見を聞き、お互いの気持ちを理解する時間を作ります。「相手は今どんな気持ちだと思うのか?」に答えられないと、席を移動して、相手の座っていた椅子に座り、相手の立場を想像してもらいます。 

このようにして、お互いの考えや気持ちを理解する過程を通じて、感情や対立に対処する方法を習得します。この際、仲裁役は、どちらにも公平に関わることが重要です。学校訪問時、2人の優秀な仲裁役にインタビューをさせていただきました。子供らしい笑顔を見せながらも、落ち着いて静かに話す様子は、小学5年生とは思えない落ち着きです。 

ピースフルスクールによるシチズンシップ教育の魅力的なところは、スキルや知識としてシチズンシップを学ぶのではなく、学校の文化として先生と生徒が、それを体現しているところです。さらに、親や地域にまでこの活動が発展していることも特徴です。子供たちは、家庭で親が喧嘩をしていると、「仲裁役をやりましょうか?」と真顔で聞くそうです。以前は、街の中で喧嘩を見つけると、「どうしたのですか?」と、仲裁に入ろうとしたそうですが、大人の喧嘩に介入するのはとても危険なことなので、現在では、自分より年下の子供に対してのみ、学校の外では仲裁をしてよいというルールを作りました。また、最近では、学校の外にあるコミュニティ全体にも、ピースフルスクールの仕組みを導入する試みがスタートしています。

 

主体性・社会性を育む教育

子供たちは、シチズンシップ教育を通じて、集団活動において、対立が起きることは自然なことであり、決定の際には、全員の希望は通らないことを学びます。日本では、空気を読んで発言をとどめることや、我慢することで調和を保つという共同体におけるマナーを習得するのに対して、ピースフルスクールの子供たちは、自らの意見を明確に持ち、悲しい時には自分の気持ちを伝え、いやな時にはノーと言う練習をします。また、他者の気持ちに共感することや、他者の話を聞く練習をします。そのうえで、対立に対しては主体的に問題解決をすることを学びます。このような練習をしているので、子供同士のいじめの問題解決の仕方も日本とは様子が違います。いじめられていると感じた子供は、自らそのことを相手や先生に伝えます。そのうえで、どのように接してほしいのかを明らかにし、自ら、自己を守る練習をします。先生も、その様子を常に見守ります。

 

ピースフルスクールを見学し、オランダの民主的な社会は子供の頃からの主体性を育む教育の上に成り立っていることを学びました。また、子供たちに、社会性を教えることで初めて、主体性が生かされることも理解しました。社会性も主体性も、私たち日本人が、歴史的、文化的に適合しないという理由から避けてきたテーマです。 21世紀を生きる子どもたちは、日本人としての誇りを持つとともに、地球市民として社会に貢献することが求められます。そう考えると、日本においても、新しい視点で主体性や社会性を育む必要があるのではないでしょうか。学校という安全な場で、主体性と社会性を身につけるシチズンシップ教育を日本でも始められるように準備を進めています。ご興味のある方は、日本教育大学院大学まで連絡をください。

 

ピースフルスクール.png

フューチャー オブ ラーニング

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文部科学教育通信No.272 2011-7-25 に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(3)をご紹介します。

 

昨年8月、第1回 フューチャーオブ ラーニング(学習の未来) 研究会がハーバード教育大学院にて開催されました。主催者は、マルチプルインテリジェンス論の提唱者として著名なハワード・ガードナー教授や、デビッド・パーキンズ教授です。研究会には、米国を筆頭に、アジア・ヨーロッパ・南米などの各国から約200名の教育関係者が参加しました。主な参加者は、現職の教師、教師育成者、教育監督者、教育カリキュラム作成者、教材開発者、情報教育現場で働く専門家などです。 

教育は、急速に変化する環境の中で、倫理観を持ち、自己を内省しながら生きることを教えなければなりません。そのためには、全ての教育関係者は、社会の変化が世界中の若者の生活をどのように変えているかを理解する必要があります。「ますますグローバル化する未来に備えて子供たちに何を教えればいいのか?クリック一つで膨大な情報が手に入る世の中で、教える価値のあることとは何か?学習や生物学における新しい研究成果を教育者が生かすにはどうしたらいいか?子供と大人が希望を持って21世紀を生きられるように、何を、どこで、どのように学ぶべきか?」 研究会で掲げられた問いは、すべて日本の教育においても当てはまるものでした。 

講義やワークショップは、以下の4つの基本となる問いを中心に展開されました。

基本の問い1】 すでに明らかなことはなにか?

私達はグローバル化、デジタル革命、心/脳の働きの調査結果やそれらが学習や教育に与える影響について何を知っているだろうか?

基本の問い2】 何を見直す必要があるのか?
これらの変化の結果として学習の何を、誰が、どのように見直さなければいけないだろうか?

基本の問い3】 学習の何を変える必要があるか?
未来の学習に必要なニーズに答えるために私たちは実際に何をするべきか?

基本の問い4】 変化のもたらすインパクトは何か?
教育上の変化は学習者や社会に対してどのような結果をもたらすか? 21世紀の責任ある教育者としての我々の役割は何か?

 

研究会は、参加者によるチーム学習を中心に設計されています。参加者は、各自、テーマごとに開催される分科会に参加し、その後、学習チームにおいて、分科会の内容について話し合います。さらに、4つの基本となる問いを通じて学びや気づきを深めていきます。正解が一つではない未来の教育についての答えを探すためには、多くの人々が正しい情報に触れ、対話を通じて正解を見出していくプロセスが重要であることを改めて認識しました。日本では、教育関係者は、未来の教育についてしっかりと議論しなければならないと思いました。

 

★研究会で学んだこと

この研究会で、学んだことの中から印象に残ったことをいくつかご紹介します。 

【ICT(情報通信技術)活用の可能性】

ICT活用の可能性については、幅広い議論がありました。WEB2.0 デジタル時代の学習は、『情報獲得者・知識構築者としての学習者』から『新世紀の学習者』への転換を意味します。メディアに関する多様な知識を持つことで、模擬体験学習や共同調査などの学習の仕方が大きく変化します。これまで、ICTは、教育現場において情報を蓄積することや、分配することに活用されてきました。今後は、表現することや、協働や参加の手段として活用されるようになります。また、ICTを使用することにより、個人のアセスメント結果を集約し、フィードバックを行う事も容易になります。ドッグイヤーで進化するデジタル革命は、教育現場よりはるかに速いスピードで進化しています。教育現場の時間軸と親和性がありません。ICTの教育現場における有効活用の推進には、産学連携が不可欠ではないでしょうか。 

【達成ギャップと関係性ギャップ】

2つのギャップについて、どのように考えるべきかという課題提起がありました。

『達成ギャップ』とは、性別、人種、社会・経済的地位などの異なる生徒をグループに分けると、学習の達成結果に相違があることを指します。 『達成ギャップ』は、米国の教育改革の重要な焦点のひとつです。『関係性ギャップ』とは、複雑で、変化する社会において、意義ある人生を送るために価値ある学びと、実際に子どもたちが学んでいることとのギャップを指します。『関係性ギャップ』は、これからの教育改革の主要なテーマとなります。 

【グローバル学習】

これまで教養として扱われてきたグローバル学習が、教育の主要なテーマになってきました。これからの子どもたちは、グローバルに活躍できる人材になることが必須のコンピタンシーとなります。ますますグローバル化し、相互依存が進む世界において、グローバルに情報を収集する地球市民となることを教えることが大切です。ローカルに暮らす日本の子供たちに、グローバルに活躍できるコンピタンシーを身につけてもらうためには、私たち大人が変わる必要があります。 

【科学技術の発展と学習】

神経科学やバイオテクノロジー革命は、学習に大きな影響を与えています。神経科学は、複雑な心と脳の現象に焦点を当てる科学へと発展し、感情や芸術活動が脳の機能や発達にどのような影響を持つのかを解明するために様々な研究が行われています。科学技術の教育への適用についての論争よりも、学校のポリシーを明確に伝える思慮深い生命倫理の確立が重要であるというガードナー教授の言葉がとても印象的でした。 

【大人の生涯学習】

新たな学習観も生まれています。社会の変化においては、成人も、発展途中の大人として、継続的に学習することが求められます。学習においては、スキルや知識の習得を目的とした学習から、実践的で変化への対応が可能な学習に変わります。

Future of Learning 2010 写真.JPG

                            Future of Learning 2010

 

★終わりに

研究会では、学習の未来というテーマの奥深さを改めて認識しました。新しい時代に適合した教育を構築するためには、一人の専門家ではなく、多方面の専門家の叡智を集約させなければなりません。学習の未来を創造するために、叡智が集約され、共有される場としてこのような研究会を立ち上げたハワード・ガードナー教授をはじめとする主催者のリーダーシップにも感銘を受けました。 

今年も、ハーバード教育大学院において、『フューチャー オブ ラーニング  2011』(2011年8月1日~4日)が開催されます。今年で、2回目となるこの研究会は、未来の学習をどのように発展させていけばよいのかを明らかにすることを目的にしています。2011年はデジタル分野により大きな重点が置かれ、クリエイティブで知識豊富なアクティビティに参加しながら、新しいプログラム教材・商品・解決方法などを学びます。 

急速に変化する環境の中で、子供たちに「倫理的に内省しながら“未来を生きる力”を身に付けさせる」ために、フューチャーオブ ラーニングの新しい取組みは大きなヒントになります。未来の学習を構築することに取り組んでいる皆さんに、ぜひ、ご参加いただきたい研究会です。

                           (出典: 文部教育科学通信 No.272 2011・7・25)

学習を継続する能力を育む

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文部教育科学通信No.271 2011-7-11に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(2)をご紹介します。

 

2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれてあります。

「若い成人が未来の挑戦に対処すべく、はたして十分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるであろうか。彼らは生涯を通じての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育のシステムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある」  

未知の挑戦に対処するために、子どもたちが身につける必要のある力の一つに、学習を継続する能力があります。今回は、学習者を育む「学習する学校」(Schools That Learn: A Fifth Discipline Fieldbook for Educators, Parents and Everyone Who Cares About Education, Peter M. Senge)についてご紹介します。

 

「学習する学校」は、「学習する組織」(The Fifth Discipline: The Art & Practice of The Learning Organization, Peter M. Senge)の提唱者であるMITスローンビジネススクールの上級講師であるピーター・センゲ氏のイニシアティブにより始まり、米国、欧州、そして最近では中国においても、展開されています。「学習する組織」は、1990年より企業や団体の組織・人材開発の手法として活用されてきました。多くの教育者が「学習する組織」理論に注目し、学校現場においても広く展開されるようになりました。その実践事例は、「学習する学校」においても紹介されています。 

「学習する学校」では、子供達だけでなく、周囲の大人までも含めてすべてを主体的な「学習者」として捉えます。子どもたちは、学習者になるための指導を受け、先生をはじめとする大人の学習を見聞し、学習者の心得を体得します。「学習する学校」においては、学習は、指導内容であるだけでなく、文化そのものなのです。

 

「学習する組織」は、「チーム(組織)が、起こりうる最良の未来を実現するための能力と気づきを高め続ける組織」のことを指します。そのために、学習者は5つの力を習得する必要があります。「学習する学校」では、この5つの力を習得することができます。 

1)パーソナルマスタリー
パーソナルマスタリーとは、自分が「どのようにありたいのか」「何を創り出したいのか」について明確な意思を持ちながら、その実現のために行動できることです。「学習する組織」の要は、自己を知り、主体的に生きる人です。人は、自己の動機の源泉や、自分の存在意義を明らかにすることより、自己の潜在的な力をより多く発揮することができます。そのためには、自己の探求が不可欠です。パーソナルマスタリーは、人生の目的であり、将来キャリアを考える上で指針となります。「学習する学校」では、子どもたちが、自己の興味・関心、自己の魅力や才能を見出す機会を提供します。そして、子どもたちが、パーソナルマスタリーに対する正しい自己認識をもつことを支援します。 

2)システム思考
システム思考とは、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方です。「ひとつの現象を点として捉えるのでなく、全体における構成要素」として捉えます。システム思考は、MITのジョン・フォレスター名誉教授が開発したシステムダイナミックスがその原型となっています。システムダイナミックスとは、数値シミュレーションを行い、将来予測や考察対象の特徴を把握するものです。システムダイナミックスが今日、活用されている代表的な例が環境問題です。未来の地球環境について在りたい姿を描き、その実現のために何に取り組めば良いのかを明らかにすることや、現状の延長線において未来の地球はどのようになっているのかを予測するために、システムダイナミックスは活用されています。米国やオランダでは、システム思考を学校教育の中に取り入れています。システムダイナミックスを科学の授業に導入している学校や、問題解決の授業で活用しているケースもあります。 

3)メンタルモデル
メンタルモデルとは、それぞれの人がもつ「世の中の人やものごとに関する前提」です。私たちは、目の前に見えている事柄(事実や経験)から、評価や判断を下し、それを判断の尺度や確信につなげますが、見えている事柄は氷山の一角でしかありません。自分のメンタルモデルによって固定した見方をしないために、学習者は、自分の評価や判断を保留し、相手の話を聴き、多様な意見から多くのことを学びます。メンタルモデルは、推論の梯子で表すことができます。(図)「学習する学校」では、自己のメンタルモデルに縛られることなく、新しい情報を受け入れる訓練を行います。既知の情報に縛られない思考の確立は、不確実で変化の激しい時代において、今後ますます重要になるでしょう。 

メンタルモデルと推論の梯子.png

         ピーター・センゲ他著 『フィールドブック 学習する組織『5つの能力」
  (The Fifth Discipline Fieldbook)』に紹介されている派生モデルに少し修正を加えたモデル 

4)チーム学習/ダイアログ
チーム学習とは、チーム・組織内外の人たちとの対話を通じて、自分たちのメンタルモデルや問題の全体像を探求し、関係者らの意図あわせを行うプロセスです。「なぜ相手はそう思うのか」、「相手には、どのようなメンタルモデルがあるのか」を理解し、自己の主張を第3者的に捉えることで、学習者は、「私の意見の背景にはどのようなメンタルモデルがあるのか」を整理します。このようなチーム学習的なダイアログは、チームを最良の答えへと導きます。「学習する組織」において、多様な意見が出ることは、意思決定のプロセスを混乱させる要因ではありません。チーム(組織)に、ダイアログを通じてのチーム学習力があれば、ダイアログを通じて皆が納得のいく決定をすることができます。学習するチームは、失敗したことに対しても、本来期待されていた姿と現実にはどのようなGAPがあったのかなどをリフレクションし、未来への糧とします。 

ダイアログによるチーム学習は、専門性の基礎となる学力を身につけることと同様に重要です。問題解決や価値創造は、一人で行えないからです。環境問題を例にとっても解る通り、解決しなければならない問題はより複雑になってきており、一つの専門領域で解決できるものではありません。グローバル時代においては、日本人だけのチームで問題解決を行うことは困難でしょう。「学習する学校」では、先生が一方的に話す授業ではなく、ダイアログによるチーム学習を多く取り入れています。 

5)共有ビジョン
「共有ビジョン」とは、組織の人が創造しようとしている「共通の将来像」、つまり「将来のありたい姿」のことです。「学習する組織」における共有ビジョンは、組織の達成目標、価値観、使命感を包含する概念となります。「学習する学校」では、子どもたち、親、教職員を、組織の構成員と捉えます。構成員全員で、学校のビジョンを共有し、全員で取り組みます。このような組織に身を置く子どもたちは、一体感のある「学習する学校」において安心して学び、生活することができます。 

「学習する学校」の5つの力についてご紹介しました。「学習する学校」を実現するためには、教職員が5つの力において手本を見せることが大切です。何か一つでも、できるところから実践してみてはいかがでしょうか。 

                          (出典: 文部科学教育通信 No.271 2011・7・11)

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